冒頭、トタン屋根をつたって逃げる男。逃げる。逃げる。流れる音楽は、Benny More "Como Fue"。1950年代のキューバ音楽。溶けそうにとろっとろな、ボレロ。
黎明の話が出てくる。ねっとりした台湾の空気が、スクリーンから客席に浸み出して来る。八角の匂い。舗装されていない道で、うっすら舞い上がる土埃。
「ところでさ、俺たち、どこへ行くの?」
「東へ逃げろ!」
「(映画の) 筋なんてどうでもいいんだよ」と言い放ったのは、故鈴木清順監督だったか。違ったら申し訳ないけど、この映画を観ていたとき、蘇ってきたのは、その言葉。筋よりも、大切なものがある。
主人公の二人は白いランニングを着ている。タンクトップじゃなくて、昔のお父さんが着ていたランニング。枝豆をつまみに、ビールを飲み、プロ野球を見ていた、昔々の夏を思い出させるような。
逃亡。肉の大きな塊をぶら下げたトラック。窓を全部開け、男二人並んで、座って。ランニングを着て。
黎明。雨上がりの街を自転車とバイクで走る。妻夫木くん、豊川悦司、そして謎のヒロイン。
「ねえ、どこかへ行こう」
「どこへ?」
楽園が待っているとはとても思えない、破滅的な匂いが漂って来る。どこか1990年代の台湾映画を彷彿とさせる。
青く塗ったクルマで、走る。スローモーションで。
謎のヒロインは、広大な敷地のお屋敷にたったひとりで住んでいる。何者? 彼ら二人と出会ったのは、宿命か。
この映画を観たのは、新宿武蔵野館。来年、100周年だそう。映画をモチーフにした、手作り感満載のセットが、とってもいい雰囲気。空間すべてが、映画。大好きな映画館。
【この後ネタバレ】
青く塗ったクルマが燃やされるのも、黎明。謎のヒロインは殺され、花に埋もれた状態で見つかる。妻夫木くんは、彼女と一緒に小舟に乗って、海へと漕ぎ出す。どこへ向かって? パラダイス・ネクストは、あるのか?
そして、ラストにまた "Como Fue"が流れる。
個人的に思い出の1曲。キューバに行ったとき、出国待ちの空港のロビーで、まるで映画の1シーンみたいに、この曲が流れた。この曲が流れるだけで、旅情。さまざま想いが、こみあげて来る。
それにしても妻夫木くん、ちょいとオヤジになった気が...(°▽°)