さよなら!ミントちゃん

ポトスさえ枯らした暗い過去があるあたし。植物にはとんとご縁がなかったけど、2年ほど前、友だちからミントをもらった。
 
ミントといえば、モヒート。モヒートといえば、キューバ🇨🇺。ラテンつながりで気が合ったのか、スクスク育った。
 
毎日せっせとお水をあげ、マンションの大規模修繕工事中は、実家に預けた。
 

2015年4月 最盛期のミントちゃん
 
モヒートにしようかとも思った。食べたほうが本人もうれしいんじゃない?って意見もあったけど、どうしても踏み切れず、鑑賞専門に。
 

こんな風に、ビヨーンと伸びたり。
 

冬場はミニマムで生き延びた。
 
今年の春は、いまひとつ勢いに欠けたので、栄養剤を購入@100円ショップ。振り返ってみると、この栄養剤が、ミントちゃんの体質に合わなかったのかもしれない。
 
今年5月は、まだがんばってた。
 
夏は張り切るミントちゃんだったのに、芽が出ても🌱しばらくすると色がくすんで、しおれてしまう。


 
あれは今年最後の台風が東京に接近した夜。風が強くなってきたので、伏せながら耐えていたベランダのミントちゃんはお風呂場に避難。すでにその時、ミントちゃんはたった1本になっていた。
 
ゴソゴソ.....。
 
異音に気づき、お風呂場に行くと、にゃんと!ミッケがミントちゃんを食べようとする、まさにその瞬間。
 
「ミントちゃーん!」
 
駆け寄ったが時すでに遅く、ミッケの鋭い牙によって引きちぎられていた。
 
ミッケったら、ネコ草は食べなかったのに、ミントちゃんには手を伸ばす。ホント、ネコだわ〜😸


 
最後の1本のミントちゃんは、あたしがいただきました。
 
いま、思い出してもじんわりする。濃厚で、香しく、今まで食べたどんなミントよりおいしかった。
 
もしかすると、このまま置いておくと、ミントちゃんの子孫が生えてくるかも。
しばらく様子を見ていたら、生えてきたのは、雑草。
 
雑草魂って言うけど、どこからやってきたんだろう。マンションのベランダなのに。
 
なんだか情が湧き、「元ミントちゃん」と呼んで、育ててます。
 
 
水をあげつつ観察してたら、夜になると、葉っぱが閉じていた。こうやって夜を過ごしていたのか。小さな発見、大きなよろこびの巻。
 
 
<ミッケの反省>

こんばんにゃんこ、ミッケでしゅ。

ミントちゃんとあたしは、ママが同じお友達からもらってきたんでしゅ。同郷のよしみ?ミントちゃんがベランダにいたころは、よく見つめあったり、話しかけたりしてました。
 
いつもはないものが置いてあったりすると、すぐにチェックしたくなるのがネコの性。そうか、あれは、ベランダにいたミントちゃんだったのか〜(°▽°)
 
ゴメンね、ミントちゃん。
 
相変わらず、封筒の切れ端に魅了されてるのにゃ。もう陶酔しちゃうくらいに。
 

ライブ 大西ユカリ@下北沢ガーデン

大阪発、コッテコッテの昭和歌謡を歌わせたら、間違いなく世界一。ニューアルバム "EXPLOSION"をひっさげて、東名阪福岡を大絶賛ツアー中!
 
一度見たら忘れられない、この髪型、このファッション、鋭い眼差し。
 
 
カバーは直球。朱里エイコ「北国行きで」を久々聴いたら、いい曲だ〜と惚れ直し、ここでこの曲が聴きたい!と思った数分後、歌ってくれたのは、以心伝心、ピンキーとキラーズの「恋の季節」。「キーハンター」のテーマをさりげなく取り入れたり、レトロなだけじゃなくて、切れ味抜群(^^)v
 
オリジナル曲の作家陣は、宇崎竜童+阿木燿子甲本ヒロトなど、これまたドンピシャ。
 
昭和歌謡からの進化は、歌詞。
深く、響く。ドロドロしつつも、潔い。
 
ふと思い出したのは、内藤やす子。声質は近いかも。
 
大阪じゃ泣く子も黙る存在。アウェイの東京でも、MCは血中大阪のおばちゃん度3000%で突っ走る。本人の喋りを聞かなきゃ伝わらない再現不能な激熱トークお客さんへの気遣いも、とことん熱くほとばしる。
 
そして物販意欲も、ほとばしりまくり。ここは甲子園か?!CDとタオル、売り子がカゴに入れて場内をまわるキョーレツな売り込みよう(^^)
 
ライブでグッズはほぼ購入しないんだけど、思わず乗せられ、タオルとCDを買っちゃいました。
 
 
 
休憩ありの二部構成。「楽しんでってや〜」というおもてなし精神に溢れに溢れた約3時間。濃いぃ、濃いぃライブでした。
 
高円寺のJIROKICHIで、2か月に1回定例ライブをやってるそう。今度、行ってみようかな。っていうか、地元大阪で観たら、お客さんとの掛け合いトークとかあって、更に炸裂しそうだ。
 
2016.10.29(土)@下北沢ガーデン
このライブハウスは、こじんまりしててオシャレ。アングラっぽくないから、女子一人でも入りやすい雰囲気(^^♪
 
 
 

新記@三宿 コク深い潮州料理

J-Waveで知ったお店。トークを聞いてたら「こりゃ、うまいでしょ」と確信。が、案外、三宿に行くことがなく、行っても午前中だったり。そしていよいよ、そのときがやってきた。
 
三宿交差点、松屋の2階。ちょいとディープな雑居ビルにある名店。
小ぶりで、年代物のエレベーター。
 
階段脇には、レトロな香港の写真たちが。
 
そして、お店入口。
 
極細だという香港麺と、小籠包を頼んだ。
 
その場で書いておかないと、すべて忘れる昨今、麺の名前が思い出せない。カレー味だったような気もする。とにかくコクがあって、メチャクチャおいしい(食レポは、ムリね。これじゃ(°▽°)。
 
香港麺の極細感もハイパー。
 
「もし、1時間後に大地震が来たとして、その瞬間、あのコクのあるスープでおじやを食べておけばよかった!」と後悔することなどないように、半ライスを追加注文。炭水化物天国となる。
 
地震は今のところ来てないけれど、後悔はしていません。絶品。
 
いま、食べログのレビューを読んでたら、虎ノ門や四谷三丁目などにも支店があることが、発覚! こっちの方が、行きやすいかも。
 
改めて、おいしいものって、いっぱいあるコトを実感。胃袋はひとつ、食べたいゴハンは、無限。欲は、尽きない。
 
追記:食べログもいいけど、お店のオフィシャル・サイトに簡潔に書かれた歴史を読むと、静かな情熱が伝わってきます。
 
 
 
 
 
 
 

Coccoライブ@人見記念講堂

つつみこむような、やわらかさで始まったライブ。ザクザク尖ったCoccoは、中盤ごろ現れたけど、全体的には伸び伸び、おおらか、おだやかな印象。しなやかで。
 
そのミュージシャンの、どの時期に観るのかによって、ライブの印象は全然変わってくる。
 
デビューしてすぐの、先物買いが好きだったのは、小さなライブハウスで、荒削りな、野望がメラメラ燃えるプレイが目の前で繰り広げられるから。
 
でも最近は、熟してきたミュージシャンの、ホール公演もいいなと思うようになった。
 
Coccoは観たいと思いつつ、タイミングがあわないまま活動休止になっちゃった。2年前に「ジルゼの事情」という舞台を観に行き、Coccoワールド全開だったけど、2曲位しか歌わなかったので、今回は「歌」三昧。
 
裸足。白いミニ・ドレスで、妖精みたい。
 
活動休止から、徐々に音楽シーンに戻ってきた彼女。ライブでは、一言二言しか喋らず、歌のみ。トークの世界観もすごいけど、歌でまとめあげたのね。
 
アンコールなし、たっぷり2時間のライブは、アンコールがないのが極めて自然なコトのように、完結されていた。潔く。
 
立体感と奥行きがある照明も、素晴らしくキレイだったなぁ。ここ数年、ホール公演の照明は、劇的に進化している気がする。それも楽しみのひとつ。
 
人見記念講堂は、人生初。1980年に造られたということで、昭和ムードが漂う重厚ムード。最近は、クラシック以外の公演が増えているようだけど、こういう「場所」は貴重。壊したりしないで、音楽家たちのスピリッツを受け継いでいってほしいと、しみじみ思いました。
 
写真は「沖縄のウタ拝」より
 
 
 
沖縄といえば海、海つながりで、週末の千葉の海写真(^_-)
 
 
 
 
 
 
 
 

映画 エル・クラン

1980年代前半のアルゼンチン。独裁政権が崩壊し、平和が訪れたかに見えるが、混沌とした時代、金持ちセレブを狙った誘拐が多発。誰が? 何のために? 実話に基づく、驚愕の物語がいま幕を開ける!

 
「犯人」は、プッチオ一家。父、母、3人の息子、2人の娘、ごく普通の大家族。しかしフォークランド紛争の「結果」により政府が転覆してしまい、情報管理官だった大黒柱の父が失業したことをキッカケに、誘拐ビジネスに手を染めてしまったのだ。
 
長男はラグビーのスター選手。よりによって息子のチームメイトの友人を誘拐し、なんと!自宅に監禁。妻が作った食事を持って、淡々とした表情で階段を上っていく父。2階には、特別に作られた「監禁部屋」が存在していたのであった。
 
50万米ドルの身代金を手に入れたにも関わらず、父は息子の友人である人質を殺害してしまう。
 
「なぜ、殺したんだ」
 
「お前の関与を疑って、警察に訴えようとしたからだ」
 
鋭い眼つきでキッパリ答える父。
 
そして次の誘拐の実行には、長男も加担することになる。しかし、彼に恋人ができ、誘拐ビジネスから離れようとしたことで軋轢が生まれ、事態は思わぬ方向へ。そして衝撃のラストシーンが待っていた!
 
シネマカリテ、がんばってます(^^)v
ロビーには、作品に因んだ手作りグッズがたくさん展示されている。ポップもかわいく、映画への愛が感じられるんだにゃ。「新宿駅隣り」絶好のロケーションで奮闘するミニ・シアター。応援してます。
 
いつもなら、ここまでなんだけど、あまりにも衝撃的なラストだったので、ネタバレを書くことにした。観ようと思った人は、下までスクロールせず、新宿シネマカリテへ!10/21(金)まで絶讃上映中です。順次全国公開中!
そうそう、製作はあの!ペドロ・アルモドバル監督。彼のテイスト、満開だ。
 
ま、観ていて楽しい映画ではないけれど、こういう映画が製作され、日本でもしっかり公開される自由と多様性が存在するってことは、とても大切なこと。大作ばかりがもてはやされる昨今だけど、一人でも多くの人に、ミニ・シアターに行く生活習慣ができるといいにゃと思う今日この頃。
 
家のテレビでこういう映画を観てるとき、ミッケがニャ~とか鳴いたら、台無しだし、映画に入りこめるのは、やっぱり映画館(^^)
 
 
以下、スクロールするとネタバレ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
4人めの人質は、年配の女性(もちろん金持ち)。しかし彼女の家族は身代金の支払いを渋り、監禁生活は長引く。人質も犯人も疲弊していくが、政情も変化していた。
 
ある晩、警察がプッチオ一家に強行突入。人質を救出し、一家全員がいったん逮捕されるが、父と長男、次男以外は釈放。
 
「あなたが有罪を認めれば、息子さん達は無罪放免となるだろう」
 
罪を認めることを勧める弁護士に、父は無表情で言い放つ。
 
「私は無罪だ」
 
父は姑息な手段を使って、生き延びようとし、絶望した長男は自殺を図るが、失敗。
 
ラストシーン。真っ黒なスクリーンに、その後の家族の運命が語られる。
 
長男は獄中でも何度となく自殺を試みるが、果たされず、若くして病死。
 
次男は釈放後、ブラジルやカリブ海を放浪していたようだが、インタビューは実現せず。
 
美術教師だった長女も、若くして病死。
 
次女は親戚に引き取られたが、後には母と暮らす。
 
母は存命だが、取材には応じず。
 
そして父は、刑務所で弁護士の資格を取り、釈放。出所後、若い女性と再婚...。
 
眼つきは鋭過ぎるが、末娘の宿題を手伝うような、心優しい父。もとはといえば、家族思いだったからこそ、失業後、家族のために「ビジネス」を始めたんだろう。
 
だからなのか、父は、本気で自分は無罪だと思っていたよう。
 
でも、自分の息子に罪をなすりつけるような言動には、思わず背筋がゾクゾク。息子の将来を奪ってまで、自分だけ生き延びようとするなんて。
 
なんて、キレイゴトかもしれないな。人間って、複雑だから。
 
ただ、息子、特に長男との間には、一緒に「ビジネス」をしていたときから、奥底に確執が潜んでいたような気もする。
 
当時のアルゼンチンの政情も複雑極まりなくて、アルゼンチン人に訊いても、話したがらなかった。プライドが高いアルゼンチン人にとって、葬ってしまいたい、暗黒の時代なのかもしれない。
 
ひとつ言えるのは、1970年代後半から1980年代にかけての軍事独裁政権下で、多数の「行方不明者」が出たということ。数もはっきりせず(ウィキペディアによると、9,000~30,000人)、どこに行ったのかもわからない。反体制派を中心に、多くの人々が消えてしまったのだ。
 
このあたりのことは、映画「オフィシャル・ストーリー」「タンゴ ガルデルの亡命」で描かれてます。
 
本作品「エル・クラン」のパブロ・トラペロ監督は、1971年生まれだそう。自分の国の黒い歴史を残しておかなければ!といった使命感に突き動かされて、この映画を作ったのかも...なんてことを、ふと思ったりした。
 
すごい映画だったな。館内が明るくなっても、立ち上がれないくらいに。


 
以上です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

山下達郎ライブ 超プレミアムなアコースティック@新宿ロフト

「よく当たりましたね」

その夜、ステージに登場した彼は、開口一番、客席に向かって言った。

「ここ新宿ロフトは、スタンディングなら500人のキャパ。今回のライブは椅子席を入れたので、余裕を持って225人に設定しました。つまり2日間で450人。eplusへの応募は3万組あったそうですよ。(一人2枚までなので最大)6万人。100倍以上の倍率です。おめでとうございます」

 

ある日、eplusから「 山下達郎】新宿LOFT公演 カード決済限定抽選受付のご案内」というメールが届き、なんと!彼がライブハウスで歌うという。

 

ホール公演でさえハズれていたので、当たるとは思わなかったけど、とりあえず申し込み、忘れてたら、「チケットをご用意いたしました」という淡々としたメールが!

 

 

何度も読み直してみたけど、何度も見ても当選。何度も読んでるうちに、心臓がドキドキしてきた。

 

入場待ちの間、隣りに並んでた女性も「当たると思わなかった」って言ってた。忘れてるほうが当たるのにゃ。当たるってわかってたら、誰かに声をかけたのに。もったいない気持ちがこみ上げたのは、当たってから。一人で来ている人が多い印象だったな。みんな当たると思わないから、とりあえず自分だけ応募するパターンが多かったのかも。

 

普通、ライブの入場時は「整理番号50番から60番の方、お待たせしました」ってな感じで、10番か、せいぜい5番ごとに呼ばれるけど、今回は1番ずつ。特別にお呼ばれしたような、プレミアム感が増していく。

 

並んでいる間話し相手だった女性が「行ってきま~す♪」と勢いよく去ってしまうと、歌舞伎町のハズレの路上で、123番を待つ。あたりの風景は、こんな感じ。

 

 

「このビル、新宿ロフト以外のテナントは、すべてホストクラブ」って、達郎がMCで言ってたっけ。

 

 

 

 

 

 

普段のライブは10人編成だそうだけど、今回は達郎のギター、ベース、ピアノの3人。

 

で、椅子席は、これぞホンマもんのかぶりつき。最前列だと、達郎との距離は2m前後か。

 

「椅子席の方々、硬いですね~。リラックスしてくださいね」。

 

と彼は何度か声をかけてたけど、ツバ直撃の至近距離。そりゃ固まるわ。

 

1曲めは知らない曲だった。

2曲めは "Paper Doll"

この曲、高校生のころ、よく聴いたな。バイト先の友達からレコードを借りて。

あのころから今までが、どわーっと、怒涛のように駆けめぐる。遠い昔の歌が、2016年に目の前で演奏されているフシギ

 

彼いわく「なーんだ、普通の構成だよね~と言われることもなく、知らない曲ばっかりだと言われることもないような、マニアにも万人にも受け入れられる選曲にした。なおかつ3人で演奏してサマになる曲(様々な試行錯誤、3人演奏に向く曲、向かない曲について、達郎節炸裂!トーク続く、続く)」。

 

涙が出たのは、アカペラ・コーナーで "So Much In Love" を歌ったとき。心底聴きたかった曲。

 

「このくらいの広さならいけるだろ」と言いつつ、マイクなしのアカペラを披露したり、カラオケで新曲"Cheer Up! The Summer" "硝子の少年"を歌ったり、何が飛び出すかわからないオモチャ箱状態。

 

そう、決して事前に詳しいブログを読んではいけないのにゃ。

 

あたしは万人ウケ派なので、"Bomber"とか"Ride On Time"は、うれしかった。"クリスマス・イブ"も。

 

まあ、歌もすごいけど、トークもすごい。ときどきボヤキながら、語る、語る。ロフトの社長との出会い、社長の政治的信条、達郎の政治観、もちろん音楽関連もたくさん。「ツイッターで呟かないでね」とか、はさみつつ。

 

彼が何度も繰り返していたのは、「ロフトはボクの音楽のゆりかご」という表現。そういえば、シュガー・ベイブの解散コンサートの舞台となったのは、荻窪ロフトだった!

 

「ボクはサブカルの出身。運よくミュージシャンとして成功したけど、うまくいかなかったらライブハウスのスタッフになっていたかも」

 

「昨日は『佐渡おけさ やって~』とか『いい顔してるね~』とか言ってくる人がいて、今晩のほうが気持ちよく歌えた」

 

「何万人もの観客を前にしてライブを成功させる人が、100人を前にしてうまく自分を表現できるとは限らない。一番むずかしいのは、一対一のコミュニケーション。例えば太鼓持ちの芸はすばらしいけれど、観客が少な過ぎて音楽の歴史に残らない」

 

「(クリスマス・イブしかヒット曲がない)一発屋の流行歌手だと思っている人もいる」

 

「お陰様でよく声が出ているから、声が正面に当たって跳ね返ってくるくらい。でもいつ声が出なくなるか、ボクたちくらいの世代のミュージシャンは、みんな心の奥では不安に思ってる。あの人だって(矢沢永吉のポーズか?!)同じ。だから、身体に気をつけて、人生を楽しみましょう」

 

最前列が背の高い男性で、首の動きによって、見えつ隠れつ。いつものライブハウスの風景だけど、垣間見えるのは山下達郎で、彼の声が聞こえてくるフシギモーゼの十戒のように、突然視界が開けたり。

 

ライブが正味3時間、入場待ち、ライブ開始待ちも含めると計4時間立ちっぱなし!終わって、松屋でハンバーグ定食はしっかり食べたけど、家に着いたら全身脱力。

 

伝説のライブハウス新宿ロフトだって、今となっちゃ場内禁煙。開演前「お煙草をお吸いの方は喫煙所でお願いします」と、気弱な若者の声が聞こえてくると、時代は変わったなぁと思う。でも変わらない確かなものも、受け継がれていくんだと、確信した夜でした。骨太に。

 

(敬称略)

 

追記: 録音したわけじゃないので(^^;;彼のコメントは大意です。

 

2016/10/04 @新宿ロフト

 

思えば遠くに来たもんだにゃ

先日はお誕生日コメント、メッセージをいただき、ありがとうございました。昔は誕生日っていっても、そんなにめでたい感はなかったけど、だんだん「ありがたい!」という気持ちが強くなってきた。
 
宇多田ヒカルの歌にあるように「生きているのではなく、生かされている」感覚。
 
10代のころなんて、当時憧れの的だった桃井かおりは別格として、25歳はババアだと思ってた。30歳になった自分は想像できなかったし、ましてやそれ以上なんて!そもそも自分だけは歳をとらないと思ってたフシがある(^_-)
 
ところがどっこい、着実に年齢は重なっていく。特にここ数年「来たにゃ、お年頃」と感じることが増えた。
 
ちょっと前、右手首に突起ができ、気になったので、整形外科に行ってみた。
 
「力を入れるクセがあるので、そのせいですかね〜?」
 
「うーん。(ちょっと言いにくそうに、でも淡々と) まあ、それもあるかもしれませんが、ホルモンバランスの影響かもしれませんね」
 
「🙀😱(ムンク ムンク)」
 
そういえば思い当たるフシが続々。

辛気臭い話になるので、詳細は省略としても、やっぱり「世代」ってあるんだなぁって、最近つくづく実感する。

ミッケに話しかけるときには、「なんちゅうか本中華」とか、「チョットだけヨ」とか、無意識に口をついて出るし、シャワー口ずさむ鼻歌は「会えない時間が、愛育てるのさ~♪」。
(人前では、言葉を選びます(^◇^))

GLIM SPANKY、赤い公園、SCOTLAND GIRL、他にもいろいろ若いバンドたち。ロックしててカッコいいライブだったけど、就寝前にテレビでYouTubeを見るときは、80'sでなごみたい。Duran Duran "Reflex"とか、ユーロビートとか。長く生きてると、それぞれの時代に、大好きな曲が♪

けっこう突っ走ってきたような気もするし、「がんばっちゃう世代」だから、もっとがんばりたい!って気持ちはあるけど、そろそろ少し力を抜きつつ、適度にもう少しがんばろうかと思うようになった。もうちょっと試してみたいコトもあるし。

なんてことをずいぶん前にも呟いた気がする。キャラって、なかなか変わんないんだなぁ。

 
敬老の日は、両親と渋谷でゴハン@旬彩。ベルベット・イースターなのか、ロンドンなのか、思いっきり重い雲に覆われていたけれど、こういう時間をなるべくたくさん作りたいと思う今日この頃。


一見上品なお弁当に見えるけど、案外、量が多い。もちろん、ご飯のおかわり自由。


すっかり元気になって、ふにゃんこ。グルメになりたがるミッケと、駆け引きしながら攻防する日々。
写真を撮ったときは、ふにゃ~としてると思ったけど、牙は出てるし、目もどこか鋭い。
「ふふふ、ネコは一筋縄じゃいかないのにゃ」(ミッケ)
 
 
 
 
 
 
 

ミッケ その後+大食いできなかった日記

こんばんにゃ〜✨ ミッケでしゅ=^^=

コメントをたくさんいただき、ありがとにゃんこ。すっかり食欲が戻り...っていうか、戻り過ぎてしまいました。
 
食欲がなかったころ、ママが心配して買ってきてくれた「シーバ」というカリカリ、これがおいしいんだにゃ(^^)v 
 
外はカリカリ、中はクリーミー。「猫ちゃんの舌の温度でとろける」というキャッチコピーにウソはにゃい。一瞬にして、トリコになりました。
 
しかし、世の中には鉄則があるそうです。
 
「おいしいものは、カロリーが高い」
 
ママがなるべく控えている禁断のトンカツ、ピーナッツしかり、炭水化物しかり。
 
シーバは100gあたり405kcal、今まで食べてた体重管理用は345kcal前後。心なしか、お腹がますますぽっちゃりしてきたような。
 
一度おいしいものを知ってしまうと、もうどうにもとまらない。でもママは、もとの体重管理用カリカリに戻そうとしてるのにゃ。
 
さて、あたしの運命はいかに?!
 
ママの腕まくらで、まったり。ずいぶんしっかりしてるけど、足ではありません、念のため(^_-)
 
そういえば、こないだ、ママは「サルマ ティッカ アンド ビリヤニ」というインド料理のお店に行ったんだそう。
 
では、ママにバトンタッチ。
 
品川駅から徒歩5分ちょっと。表通りから1本入った住宅街にある、隠れ家的なお店。入ってみると、途上国の高級レストランといった雰囲気が漂っている。
 
店員さんは全員ネイティヴ。メニューの説明は、とってもザックリ。ま、店名にもなっているビリヤニがおいしいっていうコトは、よくわかるので、オーダー。
 
ビリヤニとは、スパイス、バスマティ米、お肉や魚などを弱火でじっくり炊き上げたインド・パキスタン地域のピラフ。
 
野菜系はサラダじゃつまらないので「パニールムスカ」というメニューにしてみた。インドチーズ、オニオン、ピーマン、トマトを串刺し、タンドール釜で焼き上げるんだそう。
 
ま、どちらもとにかくスパイシー!
量もたんまり。特にビリヤニは、うず高く盛り上がっていて、食べても食べても食べても減らない。いっしょに行った人が少食だったこともあり、かなりがんばりました(^_-)
 
食べログにはその旨の記載は見当たらないけど、コースは4人から。いろーんな種類を食べるなら、大人数で行くのがオススメ。日本的なサービスは期待せず、旅行に行く気分で(^_-)
 
そうそう!ランチ・ブッフェも魅力的。どこまで、いつまで続く、この食欲f^_^;
 
写真撮るのを忘れたので、お店の看板。
 

ミッケ 胃に毛玉がたまるの巻

ある日、ミッケが急に食べなくなった。元気はあって、お外チェックも欠かさないし、レシートを丸めたのを追いかけて、走りまわっている。が、2日ほど様子を見てみたが、ほとんど食べない。食べてないので、ウンチも出ない。オシッコは、いつも以上にしっかり出ている。
 
「いつものカリカリに飽きたのかも」。

隣りの生鮮コンビニに行ったが、カリカリが見当たらない。顔見知りの店員さんと話しているうちに、実は彼女もネコを飼ってるコトが発覚!いい獣医さんを知ってるか訊いてみると、クルマで5分ほどの動物病院を教えてくれた。
 
比較的無口な印象だけど、内に暖かさと情熱を秘めていそうな獣医さんは、30代半ば。症状を告げると、ミッケのぽっちゃりお腹にエコーを念入りに滑らせ始めた。
 
「胃に何か溜まってるみたいだな。毛玉かも」
 
そっか、納得! ミッケは、吐かないネコ。一緒に暮らして3年数ヶ月で、毛玉を吐いたのは、1回しかない。部屋が汚れないので、いいっちゃいいんだけど、気になってた。
 
「今までウンチと一緒に出ていたのが、なんかの拍子で出なくなったのかもしれないな」と、獣医さん。
 
点滴と消化管運動促進剤を注射してもらう。
 
「ワクチンは、してないの?」
 
アンニュイな?タメ口に、軽く色気を感じたりしつつ、答える。
 
「家の中で飼っているので、大丈夫かなと思って、ウチに来てからはしてないんですけど」
 
合わせられずに、ですますで答えるあたし。
 
「今のワクチンは、昔よりよくなっているので、体調を崩すこともないし、今日、打っちゃいましょう」
 
昔のように毎年打たなくても、抗体の検査だけして、抗体がなくなってきたら打つので、数年に1回でいいんだそう。
 
ITの進化もすごいが、ネコのワクチンも進化していたのにゃ。
 
弱っているかもなので、ちょっと気になったけど「大丈夫!」と獣医さんが太鼓判を押したので、信じて任せることにした。
 
ワクチン注射は、一瞬で終わり、ミッケは平然としてる。
 
数日間、様子を見ることにして動物病院を後にした。
 
しかし、3日待ってもウンチは出ない。相変わらず元気で、いつもと同じミッケなんだけど、とにかく食欲がない。
 
先代のmimiは(飼い主に似て)食いしん坊だったので、晩年を迎えるまで、食欲が落ちたコトなんてなかった。ミッケは、食べ物に淡白なタイプ。食欲がないミッケを見ていたら、なんだかあたしまで、食欲減退気味。
 
「食べ物に淡白なネコは、食欲が戻りにくいんだよね。元気で、水も飲んでるから、病気じゃないと思う」
 
再び動物病院に行くと、獣医さんが言った。

またまた点滴と消化管運動促進剤を注射。今回もミッケ平然。

そして、次の日。待ちに待ったウンチの瞬間が!!!
ああ、よかった!!!
「でかした、ミッケ!!!」と、大きな声で、褒めまくりました。マンション中に響いてたかも。
 
ウンチが出るまでの10日近く、長かった。

さっそく獣医さんに電話すると、本当にうれしそうに、「よかった...」を連発。ビジネスライクじゃなくて、動物好きないい獣医さんに出会えてよかった。

実はミッケ、今まで2軒の動物病院に行ったんだけど、どちらもいまいち。
 
1軒はmimiも少しお世話になったんだけど、診立てが微妙。しかもサプリを処方され、病気じゃなくても定期的に通うように言われたり。

もう1軒はいわゆる「ベンチャー系」。若いキレイな女性の獣医さん、院内もキレイなんだけど、ちょっと風邪をひいただけで、風邪薬を9日分。涙が多いと言うと、インターフェロンの目薬、食欲がないと言えば食欲増進剤。こんなコトしてたら、クスリ漬けになっちゃう。しかもやたらと次の予約を取りたがる。1回でサヨナラしました。
 
ネコは自分で決められないので、飼い主がちゃんと考えてあげないと。今回の獣医さんは、一切、クスリは出さなかった。

コンビニの店員さんにも報告。彼女は、地域ネコの世話をしていて、現在4匹のネコと暮らしてるんだそう。

ミッケは、地域ネコの世話をしている友達に命を救われ、今回も地域ネコの世話をしている人に、いい獣医さんを教えてもらった。ありがたいご縁を感じます。

日本語能力が高まっているとはいえ、「毛づくろいは控えるように」って声をかけても、さすがに理解できないようなので、ブラッシングと運動を心がける今日この頃。
 
そういえば、イタリアの地震で、15日間瓦礫の中に閉じ込められていたネコが、救出されたというニュース。助け出そうとする消防隊員にネコパンチを食らわすあたり、さすがだにゃ。
 
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye2864513.html

ミッケが数日食べなかっただけで、心配しまくりだったけど、ネコって15日も食べなくても生きてなんて、恐れ入った。人間だと72時間がボーダーラインっていうけど、ネコのほうがずーっと強いコトがよくわかったの巻。
 

せっかくよく寝てたのににゃぁ。
 
ママのiPad、カバーの肌触り抜群。ついつい寝ちゃうのにゃ。そっか、ママはそんな心配してたのか〜。気づかなかったにゃ(ミッケ)。
 
 
 
 

2016 夏 謎の日本旅館@五反田 他TIPS

今年の東京の夏は、比較的過ごしやすかったけど、残暑はしっかり。とはいえ、日暮れがすっかり早くなり、晩夏の香りが...。そんな季節に、夏の振り返り。

 
五反田駅近く、謎の日本旅館「海喜館」。iPhoneのカメラで(そこそこ)スタイリッシュに撮れているけど、壁は崩れそうだし、廃墟感満載。検索してみると、五反田に花街があったころの名残り説も。「怪奇館」と呼ばれてるらしい。そういえば、かの目黒雅叙園もルーツは芝浦、花街との縁が深いらしい。
 
◆追記  2018/02/03 昔の写真を整理してたら、2007年2月に撮った写真が出てきた。この頃は、普通に営業してたのかな?
f:id:megmikke:20180203234122j:image
f:id:megmikke:20180203234143j:image
f:id:megmikke:20180203234208j:image
f:id:megmikke:20180203234227j:image
 
 さて、赤線跡つながりで次は芝浦、かつての見番所。壊されてないかなって見に行ったら、張り紙が...。イヤな予感。
 
 
 
と思ったら、港区が保存に向けての調査中だった。上の写真だとわかりにくいけど「千と千尋の神隠し」のお風呂屋さんを彷彿とさせる、昭和初期に建てられた重厚な遊郭建築。こんなものは、もう二度と造れない!ぜひ、保存してほしいにゃ。番所について、詳しくは、こちらを。
 
 
つながりでもう一枚。
発展著しい品川駅港南口。ところがどっこい、ここにも昭和は生きている。韓国料理屋さんが多く、魅惑のコスパでおいしいランチがいただける路地裏の一角。ふと上を見上げたら、この格子。そっか、ここも赤線跡だったのね。
 
大森駅近く。看板に消えかかった「ディスコ」の文字。この辺りは、昭和が生活そのものの風景で残ってる。あんまりにも日常的、写真を撮るのは、はばかれた。
 
 
「特許・日本一!!ヘタな歌手のお店です」と書かれた看板に三鷹で遭遇。思わず検索してみると、詳細なレポート発見。事前にわかり過ぎちゃうって、いいような、よくないような。
 
 
高校生のとき、バイトしてた懐かしい街、経堂。小田急ジョイフルは、こんなキレイな建築物に生まれ変わっていたけど、バイト先の喫茶店が入っていたビルも、たくましく存在してた。
 
目黒駅前「ラクシュミ」のランチ。相変わらずおいしい!と喜びつつ、昔やってたランチ・ブッフェを懐かしむの巻。
 
スペイン料理の老舗「しぇりーくらぶ」@銀座 にて。店内大賑わいだし、おいしかったけど、あんまり印象に残らなかった気がするのは、物忘れが進んだせい?!
 
鶴川駅前。見た目も、お味も、店内に流れるイージー・リスニングも、どれもこれも昭和な、喫茶店風レストラン。
 
大崎駅近くで、大再開発中。
かつてよく行ってた街角は、跡形もなく消えていた。
 
そして最後は、隙間時間に、ひさびさのひとりカラオケの巻。
いきなり、15人は入れそうなパーティルームに案内され、気持ちよく八代亜紀を歌ってたら、ノックとともにスタッフ登場。
「予約のお客様が早めに到着したので、別の部屋に移動をお願い」された。部屋の外に出てみると、男女混合老人会集団。そっか、昼間のカラオケボックスって、こういうニーズか〜。
次に案内されたのは、珍しく、窓のある部屋。眼下に真夏の目黒駅。
 
かつて畑中葉子もカバーした「支那の夜」。6♯上げて、1オクターブ下げて歌うと、ピッタリなコトを発見(^_-)