樹木希林さんのこと(2) 「神宮希林 わたしの神様」+ ナマ希林さんVSヨーコ・オノさん

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 式年遷宮だった2013年、伊勢神宮をめぐった樹木希林さんのドキュメンタリー。式年遷宮とは20年に1回、社殿や神宝をすべて新しくする儀式。なぜ多額の費用をかけて、同じものを作り直すのか。願いを叶えるためではなく、感謝するだけのために、なぜ人々は参拝するのか。樹木希林さん自身が歩き、地元の人々と交流する中で、見えてくるものとは..。

 言葉の力がすごい。言霊が宿っていて。

「願いをかなえるための人生じゃない」。
ティッシュ1枚でも使い切る」
「十分に役目を果たしたと思えるように、始末する感覚で暮らしている」
「十分生きて自分を使い切ったと思うことが、人間冥利に尽きるということではないか」


「使い切る」。
 この映画を見てから日々生活するなかで、この言葉がしょっちゅう顔を出すようになった。例えば、手拭きだったタオルや布巾は引退後、雑巾として第二の人生を送り、大掃除で大活躍し、役目を終えるまで使う、とか。
 すべてを超越した樹木希林さんの自然体は、言葉で言い表せないほど魅力的。

 

 ある日、片付けをしていたら、雑誌の特集記事コピーが出てきた。読み直そうと思い、テーブルの上に置いたまま時間が過ぎ、旅立ちの日が来てしまった。以下、樹木希林さん語録。

f:id:megmikke:20180925002154j:image 「他人の芝生は青いもの。一見、不公平のようでも誰もが何かを背負っている。そのなかで小さな喜びや希望を見つける。なぜこんなひどい目に?と思ってもそれをちょっと脇に置いて祈る。そうして長い人生のなかで苦しみをどう消化し、どうお終いを迎えるか。私は、畳の上で死ねたら上出来」(芸術新潮 2014年5月号)

f:id:megmikke:20180925003553j:image 「自分の中には激しいマグマのようなものが渦巻いていて、20代のときからこれを抱えてどうやって生きようかと思っていたんです。そういうときに内田裕也と出会った。彼はさらに激しい人ですから、彼に触れると自分のマグマが浄化されるんですね。周囲からは『なぜ別れないのか』などと言われるのですが、そうではなく、私にとっては祈りにも似た、ありがたい存在なんです」(キネマ旬報 2014年 5月上旬号)

f:id:megmikke:20180925010514j:image 「ものたちが『十分に役目を果たして終わった』と思えるように、始末する感覚で暮らしているのです。形に残る新しいものは、めったに欲しいとは思いません。皆さん驚かれるのですが、家のテレビなんて、いまだにブラウン管ですよ。人間もそれと同じ。十分生きて自分を使いきったと思えることが、人間冥利に尽きるってことなんじゃないでしょうか」

「西洋的な二次論の考え方に従えば、病気が"悪"で病気でない状態が"善"。でも、一つのものに表と裏があるように、物事には善の面もあれば、悪の面もあるとわたしは思うんです。そういう東洋的な考え方が自分の体の中に入ってきて、宇宙の大きなものに対して働きかけるような、『祈り』という行為に感応していく。それが総体的にひとりの人間となって生き生きしてくるんじゃないかという感覚なんです」

「たとえば、この映画の中でも、私は『夫は私にとって提婆達多のようなものだ』という表現をしています。提婆達多はお釈迦様の従兄弟で、最初は同じ教団内で活動していたものの、やがて反逆し、お釈迦様を殺害しようとまでした人物です。しかしお釈迦様は、提婆達多がいたからこそ、見えてきたものがあるとおっしゃっています。自分にとって不都合なもの、邪魔になるものをすべて悪としてしまったら、病気を悪と決めつけるのと同じで、そこに何も生まれて来なくなる。ものごとの良い面と悪い面は表裏一体、それをすべて認めることによって、生き方がすごく柔らかくなるんじゃないか。つまり私は、夫という提婆達多がいたからこそ、今、こうして穏やかに生きていられるのかもしれません」

「お互いの八百万がぶつかり合い、最後は認め合うしかない。これだから人間は面白いんですね」

「"きょうよう"があることに感謝しながら生きています。教養ではなく、今日、用があるということ。神様が与えてくださった今日用をひとつずつこなすことが日々の幸せだし、最後には、十分役目を果たした、自分をしっかり使いきったという充足感につながるのではないかしらね」(文藝春秋 2014年5月号)

 

「ひとつひとつの欲を手放して、身じまいしていきたい」

「(内田裕也さんの) すべてが好きです」

 そんなことも、語っていた。

 

 2013年「ジョン・レノンの日」 に行ったときのこと。ゲストはオノ・ヨーコさん、篠山紀信さん、樹木希林さん。3人が並ぶと、もう妖気さえ漂う。

 樹木希林さんは、スタスタスタッと軽やかな身のこなしで、舞台に登場した。あたしは「ジュリ〜❣️」の時代から知っている世代。若いころからお婆さん役だった、なんだかモタっとしたイメージが子供の頃から染みついていたけど、実際の希林さんは、それはそれはカッコよかった。

  司会は某FM局のナビゲーター。
「ヨーコさんは、カンボジアに学校を建てていらっしゃるんですよね」。
 小気味良いトークで定評があるナビゲーターが尋ねると、ヨーコさんはキッパリ言った。
「そんなことを話しに来たんじゃない」。
 一瞬、凍りつく彼と会場。約2秒後。
「ヨーコさんの家系は、人の役に立つことをやり続けてきたんです。でも、そういうことを自慢しない。もしあたしだったら、旗立てて、芸能界中を練り歩きまわります」。
 樹木希林さんのフォローでホッとした会場には、笑いが溢れた。

 

 この場にいることができたのは一生の宝です。