持たなくなるのはちょっとさびしい

4月。スケジュール帳を新しくする季節になって考えた。果たして、必要だろうか?

ウチには歴代のスケジュール帳が、けっこうな幅をとって並んでいる。Evernoteを使うようになってから、スケジュール帳に備忘録を書き込むコトは、めっきり減った。

予定はiPhoneのカレンダーに入れていけば、いいんじゃない? 

おためしで、スケジュールをiPhoneに入れてみた。

同年代の集まりでスケジュールを確認するとき、スマホなんか見つめたりすると、使いこなしている感をそこはかとなくアピールできる。いいかも。

でも、未練が残る。

ここ数年で、ずいぶんいろいろ断捨離した。固定電話、紙の新聞、パソコンラック、昔ながらのぶ厚いマットレス。

四半世紀以上乗ったボディボードも、あんなに活躍してたのに、ベランダでどんどん古びていくのが切なくて、思い切った。

でもスケジュール帳は、スパッと割り切れない。なぜだろう?

データは、ある日突然消えたりする。
スケジュール帳という存在への愛着。
長年の習慣。
あの頃何してたっけ?と振り返ることができる。
手で字を書くのが好き。

そんなところかな。

最近、会社によっては、かかってきた電話はインカムでとって、折り返し電話番号は、直接パソコンに打ちこんでいるよう。

どんどん字を書かなくなっていく。

そんなコトをつらつら考えていたら、ラジオから流れてきた新人君話を思い出した。

駅から会社までの道にある目印、高層階行きのエレベータ、部長から同期までいっしょに働く人全員の顔、目に映る何もかもをスマホで写真に撮るんだそう。

なぜ、そんなに写真を撮るのか訊くと、彼はこう言ったんだとか。

「すべてをスマホに残しておきたい」。

データ消えたら、どうするんだろう。自分のすべてが消えちゃったら。せっせとバックアップし続ける? 

見知らぬ彼に突っ込みたいことはたくさんあるけど、スケジュール帳は残すことにした。小さくて薄いタイプを購入。未来の予定はスマホのカレンダーに入れ、ときどきスケジュール帳に書き写す。

にゃんて、アナログ! やっぱり、落ち着く。